テゥィウンバク村(뒤웅박고을)

テゥィウンバク村(뒤웅박고을)

- ホームページ : http://www.dweeungbark.co.kr
- 電話番号 :
テゥィウンバク村は伝統醤類テーマ公園です。テゥィウンバク(ひょうたん)は秋の収穫が終われば翌年の豊農のために種子を保管した大切な保管用具でした。ここにある伝統醤類博物館では約130点の甕器遺物を展示している他、1950年代にこの村の設立者の母親が漬けた種(シ)カンジャン(新しくカンジャンを作る時に種カンジャンを加えて味を維持する)と醤壺を見ることができます。また伝統醤の製造過程を絵と実物で見せている他、済州島の火山土で作った水がめ、甕器などもあります。食堂では伝統醤類料理をコースで楽しむことができ、展示売り場でさまざまな醤類を購入することも可能です。
- アドレス : セジョン特別自治市チョンドン面ペイルギル90-43 (전동면)

紹介情報

- 収容人員 :
- 体験可能年齢 :
- お問い合わせ及びご案内
+82-1588-0093
- 開場日 :
- 駐車施設 : あり
- 休みの日 : 火曜日
- 利用時期 :
- 利用時間
11:30~20:00(休憩時間15:00~17:00)








◎ 周辺観光情報

⊙ 世宗伝統醤類博物館 (세종전통장류박물관)

テゥィウンバク村(뒤웅박고을)の写真
- ホームページ :
- 電話番号 :
テンジャン、コチュジャン、カンジャンなど、韓国の醤(ジャン)類文化が体験できる博物館で、庭園にある1,000個以上の甕が目を引きます。屋内展示館、屋外展示場、発酵体験館、醤類専門の韓国料理店、販売場などが備わっており、メジュ(味噌玉)の形をした穀物石鹸や醤類作り体験ができます。11月に訪れると、テンジャンとコチュジャンづくりの様子も見られます。

⊙ 雲住山城(운주산성)


- ホームページ :
- 電話番号 :
別名・高山山城(コサンサンソン)とも呼ばれる雲住山城(ウンジュサンソン)は、百済時代の遺跡です。
世宗(セジョン)特別自治市全東面(チョンドンミョン)美谷里(ミゴンニ)・青松里(チョンソンニ)と同市全義面(チョニミョン)東校里(トンギョリ)・新井里(シンジョンニ)の境には雲住山(標高459.7メートル)が聳えており、雲住山城はこの雲住山の地形を利用して築城された山城です。
山城西側の裾野の方にはソウルと釜山を結ぶ高速鉄道の線路が通っています。雲住山城は城の周囲が3,210メートル、幅2メートル、高さ2メートルから8メートルの雄壮な百済の山城で、盆地のような形をした山やその風景は大変素晴らしいものがあります。
城壁は自然の地形を最大限生かして築城され、北壁と東壁は雲住山山頂から北西と南へと延びる稜線伝いに伸び、南壁は頂上を取り囲むように築城され、西壁は西へと延びる稜線を横切るように築城されています。
築城された場所は北側の標高が高く、南西側が低い地形となっています。 西門、南門、北門があった場所には門址が確認できますが、すでに崩れており詳細はよくわかりません。

城郭内には城門や建物跡、井戸などが残っていますが、頂上付近には雨乞いの儀式・祈雨祭(キウジェ)を行った祭壇とみられる円形の敷地が残っています。
また、城郭内では百済の土器や瓦の破片が出土しているほか、高麗時代や朝鮮時代の磁器や瓦の欠片も発見されています。
この山城には内城と外城が形成されており、古代山城研究の貴重な史料となっています。
雲住山城は、660年に百済が滅亡し百済最後の王・豊王(プンワン)や百済末期の武将・福信(プクシン)、道琛(トチム)将軍を先頭に起こった百済復興運動軍の最後の救国交戦地として知られている場所です。
雲住山の登山口に高山寺(コサンサ)という寺があり、百済が滅亡した陰暦9月8日にあわせ土曜日の日に百済滅亡期の義慈王(ウィジャワン)と復興期の豊王、そして百済復興運動の末、犠牲になった人々を慰霊するため高山祭を執り行っています。


この作品は韓国観光公社によって 25 年間作成され、最初のタイプの公共ヌリとしてオープンしました。韓国観光公社(https://kto.visitkorea.or.kr/jpn.kto)から無料でダウンロードできます。

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