統営生態森(통영생태숲)
https://blog.naver.com/tongyeongsi
- 電話番号 :
統営(トンヨン)の南西の海近く、天岩山(チョナムサン)に位置するヒノキの森です。暖帯植物散策路、 森の木道、 憩いの森、幼児向け森林体験園、生態森の遊び場などが整えられています。そのほか、椎茸栽培場があり、ウサギや鹿を見ることもできます。展望台からは統営港を行き来する小さな漁船が見え、森林解説士と一緒に森を探訪することができます。
- アドレス : キョンサンナム道トンヨン市インピョン洞1279
※ 紹介情報
- 収容人員 :
- 体験可能年齢 :
- お問い合わせ及びご案内
+82-55-650-1411
- 開場日 :
- 駐車施設 : あり
- 休みの日 :
- 利用時期 :
- 利用時間
통영생태숲_1
◎ 周辺観光情報
⊙ 統営大橋(통영대교)
- ホームページ : https://www.utour.go.kr/utour.web
- 電話番号 :
慶尚南道(キョンサンナムド)統営市(トンヨンシ)堂洞(タンドン)~ポディソム~美修洞(ミスドン)を結び、 統営(トンヨン)運河を跨ぐ全長591m、幅員20mの統営大橋。
統営大橋のアーチ区間には照明設備を設け、夜になると、柔らかい温かなブルー系の光でライトアップされます。
ライトアップされたアーチ橋は水面に映り、橋の上の実際のアーチと重なってラグビーボールのような素晴らしい夜景となります。統営大橋は、統営の新たな夜間観光スポットとして、そしてロマンチックな散策の場として注目を集めています。
⊙ プレイボール・イン・トンヨン(統営) (플레이볼인통영)
- ホームページ :
- 電話番号 :
トンヨン(統営)で生産されたサムボチェ(三倍体)カキ「ステラマリス」を一年中味わえる店。店内は欧米でよく目にする「スポーツバー&パブ」や「オイスターバー」を連想させる。お酒を飲みながら色んなスポーツを観戦できるのが印象的。生ビールの品質管理に徹底した店に与えられる「ギネスマスタークオリティ」と「ハイネケンスターサーブポーリングマスター」を獲得した店でもある。
⊙ 海底トンネル(統営)(해저터널(통영))
- ホームページ : http://www.utour.go.kr
- 電話番号 :
「統営(トンヨン)海底トンネル」は、統営と弥勒島をつなげるために建設された海底トンネルです。1931年から1932年まで1年4ヶ月にかけて長さ483メートル、幅5メートル、高さ3.5メートル規模で造られました。弥勒島は満ち潮の時には島になり、引き潮の時には歩いて行き来をすることができましたが、日帝強占期に移住する日本の漁民たちが増え、移動しやすくするために海底トンネルを造ることになりました。
トンネル入口に書かれた「龍門達陽」という文字は「島と陸地をつなげる海底道路の入口の門」という意味です。統営市内堂洞側のトンネル入口に観光案内所があり、トンネルの内部には統営の観光名所を紹介するパネルが展示されています。
⊙ 尹伊桑記念公園(道泉テーマパーク)(윤이상 기념공원(도천테마파크))
- ホームページ :
- 電話番号 : +82-55-644-1210
尹伊桑(ユンイサン)記念公園は世界的にも有名な尹伊桑を称えるために生家があった統営市道泉洞148番地一帯に建設されました。記念公園は尹伊桑に関連した遺物が展示されている展示室、カフェや記念品ショップ、各種公演やセミナーなど室内イベントが可能なメモリアルホール、野外イベント会場兼広場などがあります。
⊙ 尹伊桑生家(윤이상 생가)
- ホームページ : 統営文化観光 http://www.utour.go.kr(韓国語)
- 電話番号 : +82+55-650-4681
尹伊桑(ユン・イサン)は世界的な音楽家として活動、存命時にすでに世界5大作曲家に数えられ、約150曲の音楽作品を残しました。
尹伊桑は西洋音楽のあらゆる伝統を完全に吸収した上に東洋の哲学的な思想や国楽の音楽を見事にまで融合させ、人類の音楽史に足跡を残した業績を打ち立てたとして高い評価を受けています。
1956年フランス・パリを経てドイツ・ベルリンに留学、1959年にはダルムシュタット音楽祭で「7つの楽器のための音楽」を発表し大きな反響がありました。
欧州の音楽会に頭角を現した最中、北韓とのつながりの嫌疑で数多くの在独韓国人が逮捕された東ベルリン事件に巻き込まれ韓国の当時の軍事政権の秘密要員によって拉致されソウルの西大門刑務所に収監、その後、死刑の求刑に対し無期懲役の判決を受けるに至りました。しかし、ストラビンスキー、カラヤン、クレンペアー、リゲティ、シュトックハウゼン、アラウなど世界的に有名な芸術家らが率先して救命運動を展開、釈放後にはドイツに再び渡りドイツ国籍を取得しました。
1972年ミュンヘンオリンピック開幕祝賀オペラ「沈清(シムジョン)」をはじめ、数多くの作品を通じて全世界に大きな影響と名声をとどろかせ、1977年から1987年まではベルリン芸術大学の作曲科教授として後学を養成しました。
南北和解のため1990年南北統一音楽祭を主管するなど音楽を通じた統一運動にも献身しました。
1995年11月3日、生前の願いもむなしく、故郷・統営(トンヨン)訪問、そして帰国を遂げることなく一生を終えました。
尹伊桑先生の音楽世界を永遠に讃えるため、尹伊桑先生の生家や隣接する地域の道を2001年2月尹伊桑通りと命名し、様々なオブジェを設置・管理しており、2010年3月、生家があった統営市道泉洞(トチョンドン)の周辺敷地には尹伊桑記念館が開館しました。

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